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高野山

金剛峯寺(こんごうぶじ)

高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)

高野山の金剛峯寺(こんごうぶじ)は弘法大師空海により約1200年前に開かれた真言密教の修行場です。高野山は標高900m、東西5.5km、南北2.3kmの山の上に、多数の寺院を構える一大宗教都市。この一角は夏でも肌寒い気候ですが、それは地形的な理由ばかりではないでしょう。

丹生官省符神社(にゅうかんしょうふじんじゃ)

丹生官省符神社(にゅうかんしょうふじんじゃ)

丹生官省符神社(にゅうかんしょうふじんじゃ)は一間社春日造、極彩色の社殿3棟からなる神社です。明治初期の神仏分離令までは境内に仏教関連の堂舎があったそうです。

丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)

丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)

丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)は古くは高野山の表参道だった天理の里にある古社。空海は高野御子大神が遣わした白・黒二匹の犬に導かれ、高野山を開山したと伝えられており、天照大神の妹いわれる丹生都比売(にうつひめ)を始め四大神が祀られている。

高野山町石道(こうやさんちょういしみち)

高野山町石道(こうやさんちょういしみち)

空海が真言密教の根本道場として開いた高野山。平安後期以降には高野浄土信仰が人々に広く広まりました。その高野山の聖地に向かう人々が利用したのが高野山に向かう高野七口という山道でした。七口は大門口(西口)、不動坂口(京口)、大滝口(熊野口)、龍神口(湯川口)、大峰口(東口)、黒河口(大和口)、相ノ浦口(南口)と呼ばれる七つのルートをいいます。これらを総称して高野山町石道(こうやさんちょういしみち)といいます。

慈尊院(じそんいん)

慈尊院(じそんいん)

慈尊院(じそんいん)は弘法大師空海の母親の住まいとして建てられました。慈尊人は女人高野として名を広め、安産や子授け、子供の成長を願う女性たちの信仰を祈願して布製の乳型が奉納されています。

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